若手女優バイプレーヤーとしてその演技力を注目されている富田望生さん。
その演技力は、彼女の生い立ちや家族構成が関係しているのではないかと話題になっています。
そこで、今回のこの記事では、
✓富田望生の家族構成と幼少期
✓富田望生の生い立ちや家庭環境
主に、これらについて迫っていきます。
それでは、さっそく本題に入っていきましょう!
富田望生の家族構成と幼少期

富田望生さんは、2000年2月25日に福島県いわき市で生まれました。
富田望生さんは、母子家庭だったと話しています。
富田望生さんに兄弟姉妹はいませんが、幼少期に94歳まで生きた曾祖母と暮らしていたと言います。
父親は富田望生さんが生まれる前に事故で亡くなっており、望生さんは父親の存在を知らずに育ったそうです。
母親はホテルの支配人として働きながら、一人で望生さんを育ててきました。
このような環境で育った富田望生さんは、幼い頃から強い独立心と責任感を持つようになったと話しています。
一人っ子として育ったことで、自分の感情や思考と向き合う時間が多かったのですね。
お年寄りと暮らした経験も、出演する作品に、より理解を深めたり共感したりすることができて、演技に深みが出ていると言えるでしょう。
富田は生まれる前に父親を事故で亡くしており、「母は、私の入園式、入学式、卒業式、成人式と、その場所に父がいなくても、『パパ。望生、大きくなったよ』と、きっと言葉に出しているときがあったと思います。言葉に出さなくても思っていたでしょうし、それがやっぱり家族なんですよね」と共感した。
出典:マイナビニュース
富田望生の生い立ちや家庭環境

富田望生さんが育ってきた家庭環境や生い立ちは、どのようなものだったのでしょうか。
富田望生さんが経験してきた道をさらに見ていきましょう。
母親との深い絆
母子家庭で育った富田望生さんは、母親が仕事で忙しい中、早くから自立心を養い、家事や身の回りのことをこなしていました。
富田望生さんは、「母と二人で頑張ってきた」と話しています。
富田望生さんが、幼い頃から人の気持ちを察する力や、困難に立ち向かう強さを身につけたのは、この経験からだと言っています。
そして、母親の支えと愛情があったからこそ、現在の自分があると感謝の気持ちを表しています。
富田望生さんは、役作りのために体重を増減させるなど、演技に対するストイックな姿勢も注目されています。
自己管理を徹底する姿勢は、母親の働く姿から学んだ、仕事への真摯な態度が反映されていると言えるかもしれません。
東日本大震災の影響
富田望生さんの人生に大きな影響を与えたのが、2011年の東日本大震災です。
福島で住むのが難しくなり、母親の仕事に合わせて、望生さんは、知らない東京に移り住むことになりました。
小学6年生のことです。
仲の良かった友達と離れて孤独を感じ、「福島から逃げた」という後ろめたさがつきまとっていたそうです。
そんな中、心の支えとなったのが、ドラマや映画、バラエティなどのエンターテインメント。
「自分も誰かにとって、力や元気を与える存在になりたい」という強い思いが芽生え、俳優の道を志すきっかけとなりました。
その後、初めて出演した映画作品『ソロモンの偽証』が地元で公開された際、望生さんは大きな感動を覚えました。
親戚や小学校の先生、友達がその映像を見て喜び、涙を流してくれたことが、彼女と故郷とのつながりを実感させたと言います。
この経験は、富田望生さんに俳優としての使命感を与え、演技を通じて人々の心に寄り添う存在になりたいという思いを強くしたそうです。
震災という苦難が、彼女の人生に新たな方向性を示し、俳優としての道を切り開いたと言えますね。

「そして成島監督がこうあいさつしてくれたんです。『この子は、この役と、この作品と、ここで出会った仲間と、そして役者という仕事に出会うために福島を離れる運命だったから、ぜひとも応援してやってください』って」
監督の言葉を隣で聞いた富田は、すべてが報われた思いだったと振り返る。出典:LINE NEWS
まとめ
今回は、富田望生さんの生い立ち、家族構成や家庭環境についてお伝えしてきました。
富田望生さんは、生まれる前に父親を事故で亡くし、母親の手ひとつで育てられました。
兄弟はおらず一人っ子ですが、曾祖母や祖父母と暮らしていました。
また、東日本大震災を経験し、つらい思いもしました。
しかしながら、子供の頃からの経験、母親の愛情や支え、故郷の人々とのつながりにより、深く自分の感情や思考と向き合い、女優として活躍を続けています。
今後も、富田望生さんの演技力がさらに磨かれていくことが期待されます。
これからの活躍で、ますます新たな演技の可能性を開いていくのに注目していきたいですね。
それでは、ありがとうございました!
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